日本の学生がベトナム・ダナンでスタディツアー!GET(日本ユースリーダー協会主催)同行取材録(5/8)

日本の学生がベトナム・ダナンでスタディツアー!GET(日本ユースリーダー協会主催)同行取材録(5/8)

ホイアンっていいですよね!

1601年に当時の王朝から徳川家康に書簡を送り、江戸幕府との貿易がはじまったホイアン。
その書簡の内容は「お願い申す」とたった一言だけだったと言われ、それほど切迫した状況かと家康が慌てて使者を送ったという逸話があるそうです嘘です。

 

GET

グローバル・エデュケーション・ツアー、GET。

日本の高校生や大学生を対象にした、アジアを舞台とする海外研修型プログラム。
このたび主催団体のD.A.Y.から依頼を受け同行取材へ行ってきました、そのレポート第5弾!

 

外務局副局長のお話、五行山の美しい光の柱、美味しい精進料理、住職の謎の助手…。

頭も体も舌も使い倒して、いよいよ次に向かう先は古都・ホイアン!

この街をPRするという使命を抱え、どのような出会いがあるのか。

 

ホイアンってどんな街!響きが超可愛いんだけど!そして初めて行く街をPR出来るのか!!

 

これまでの記事

 

GET1 内キーになっても大人は助けてくれない編
GET2 ワクワクダナン街歩き編
GET3 ホームステイと美しき夜景編
GET4 光と大理石の山・五行山編

 

 

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ホイアンに到着。
この街は新市街と旧市街に別れており、まず向かう先は…。

 

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こちら、

 

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DUCK Cafe。

 

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このカフェは日本人経営によるお店で、ある取り組みが行われています。
それについては、またすぐに後述。

 

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流石に30人近い学生と大人たちとなると、ぎゅうぎゅう詰め。
さて、一体何をするかというと…。

 

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ホイアンで働く人たちのお話です。

あぁ、そうだ、比留川さんもホイアン在住でした。
行動を共にしていたのでスッカリと忘れておりました。
彼女の活動についてはGETの始めで話し尽くしているので、ここで改めてホイアンについての説明です。

 

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ホイアンがかつて貿易港として栄えたことは前回最後にお話した通りですが、日本の朱印船でも最も往来の激しい街だったようです。
というより、他にもマニラやアユタヤ、プノンペンなんてあったんですねー。

日本は海に囲まれているため世界に対する意識が低いと言われることもありますが、昔からそうだった訳ではない。
むしろ現代より積極性に富んだ一面があったのかもしれません。

そんな説明の後、

 

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DUCK Cafeのマネージャー・野口さん自身の口からこのカフェについて語られます。

 

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カフェのコンセプトは…障がい者支援。
ベトナムでは少なくない障がい者の方を雇用する、という形で支援しています。
パッと聞きだとベトナム戦争ばかりが原因だと思いがちなのですが、住んでみれば分かります。

高熱を出したもののお金が無いため医者にかかることが出来なかった、という経緯が実は多いのです。
日本国内で1998年に設立された、同じく雇用を通して障がい者支援を行っているパン屋のスワンベーカリー。こちらをモデルとして、昨年8月にオープンしました。

 

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野口さんがDUCK Cafeの経営を通して感じること、

 

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カフェ卒業後の夢などをお話いただきました。

 

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特に「英語もベトナム語も出来ない自分もこの国ではまた障がい者」という言葉が印象深かったです。
なるほど…そうだよな、そういう考え方も出来るよな。

 

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続いては河田恵美さん。
ホイアン現地で翻訳の仕事を営む女性です。

 

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ここ4,5年からにわかに聞くようになったノマドワーキング。
日本のカフェでパソコン開いて…どころではなく、ここホイアンでやっているのだから説得力があります。

ベトナム語の翻訳だからベトナムにいるんでしょ?と思ったら大間違い。
河田さんの翻訳言語は英語です、つまり本当に仕事内容と場所が関係無いまさにノマドワーキング。

 

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脇で写真をパシャパシャ撮影していた私ですが、実はお二人のお話にめちゃくちゃ感銘を受けていました。
人生の目標や生き方が明確なんですよ、目指す方向がブレていない。

私はこういう人間だ、という軸が通っている。
この頃から私自身も、自分の目的を徐々に意識するようになりました。
これまで興味に従って目の前にあるものを追っていったけど、全ての行動を同じ進路に合わせようと。

いずれお話する機会があると思います。
人生は目的を見つけてからが本番なんでしょうね、私はそう思います。

 

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野口さんと河田さんのお話を聞き終えて、いよいよホイアンのPRプロジェクトです。

 

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ホイアンは穏やかな街、本当に「ホイアン」という響きが似合う街。

 

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ところどころに緑は生い茂り、ベトナムでよく見掛ける半裸のおっちゃんもまるで妖精のようです。

言い過ぎました。

 

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こちらがホイアンのシンボルであり、

 

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日本人が造ったと言われる来遠橋通称・日本橋です。

 

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ここから各チームで別れて、PRに必要な情報や素材を集めます。
私はここで、「劇団まんちゅー」(チーム名!)に同行します。

 

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チームにはダナンの現地学生も同行。
ホイアンPRはニ日に別れて、一日目だけ協力を得られます。

だからこそ、この一日目にどれだけ進捗を伸ばせるか。
通訳なしのニ日目をフォロー出来るかがポイントになってくるのですが…。

 

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コラコラ…頼りっぱなしじゃダメよ!協力協力!!

 

ネルソン 「ほんで何処に行くの?」

まんちゅー「お墓です」

 

墓?

そう、ホイアンには…日本人のお墓があるのです。
この墓に眠る人物の名前は、谷弥次郎兵衛(たに・やじろべえ)。

か つて江戸幕府との貿易で栄えたと冒頭で書きましたが(それ自体は嘘じゃない)、一時はホイアンには1000人もの日本人が住んでいたと言われています。こ の谷弥次郎兵衛は、幕府の鎖国政策により帰国することになったが、ホイアンに残した恋人のことが忘れられずに戻ろうとする途中で倒れてしまった。とのこ と。

ドラマですね…。

 

市街地からタクシーで10分ほど走れば、

 

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到着です。

 

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元がどうだったのか分かりませんが、お墓は田んぼの中にポツンとあります。

 

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ここは街の喧騒から離れて、鳥とチチと鳴き、虫がリンリンと鳴くだけです。

 

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風が吹く度に青々とした稲がザァーと揺れ、まるで夢を見ているようでした。

 

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こちらが谷弥次郎兵衛の墓。

 

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かれこれ今から380年前の恋物語です。

 

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弥次郎兵衛と彼の恋人は幸せだったのでしょうか。

 

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弥次郎兵衛のお墓に手を合わせ、撮影さえていただきました。

 

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そろそろ行こう、っておい撮るな。

 

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最後にパチリ!

 

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GLAYみたいな写真が撮れました…って、今の高校生はよく分からんよな。やだ恐ろしい。

 

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市街地に戻ってきた。

 

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この頃は時間も18時を回っていて、

 

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街にはホイアン名物のランタンに明かりが灯されます。

 

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軒先のランタンの明かり、空のブルーモーメントとの対比が美しい。

 

写真 3 (1)

そうして、ホイアンの夜は更けていきました。

 

 

GET終了まで、あと3日ー。

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