
家系図っていいですよね!
家系図といえば自分の先祖を脈々と遡っていくものですが、最新のDNA研究によると、家系図を1000年遡ると全員必ずその土地の藩主の家系に行き着くそうです嘘です。
知りません。どうもこんにちは、ネルソン水嶋です。
今回は、広域交付制度という仕組みを活用して、200年前に生まれた先祖まで遡って戸籍を取って、AIの力を借りて「家系図」を作ったというお話です。戸籍を取ってから家系図を作るのは、まあまあ地道な作業だったのでAI活用はおすすめです。まず、そもそもなぜそれをしようと思ったのかという話から。
沖永良部島に住んでいると「はろじ(親戚)」が増える
2020年から、私は母親の出身地であり、自身のルーツでもある奄美群島・沖永良部島(おきのえらぶじま)に住んでいます。ちなみに6月に出ますが、ややこしくなるので今この話はしません。で、この島に住んでいるとですね、驚くべきことに、親戚が増える一方なんですよ。厳密に言うと「増える」というより、「もともと親戚だった人と初めて会う」という現象です。
ルーツのあるところに生まれ育っている人なら珍しくないことだと思うんですが、一族としての所在が分かると、「あなたのお祖父さんと私のお母さんはいとこだよ」なんて風に、言われる機会が増えるんですね。私の出身は大阪ですが、両親の出身はまたほかのところ。それもあって島に来て間もない頃は、こうして続々と親戚が増えていくという状況に面食らっていました(ちなみに島の方言で親戚のことは「はろじ」と言います)。そしてこれは島民ばかりでなく、島外に住んでいる「はとこ」がルーツを辿り、私に連絡をくれて、島で初対面が実現するという素敵イベントもありました。

うちの祖母は今93歳で、一人で家で暮らせるくらいピンピンしているのですが、よく会話の中で、親戚、持っている畑、小字(こあざ:大字より小さい集落の単位)、しまむにの話を挟んできます。「孫に島のことを伝えたい」という気持ちで滅多打ちにされます。それはいいんですが、ただ、知らん人や知らん土地の話を、知らん人や土地を使って説明するので、毎回「知らんわ!」という返しで片付けがちでした。とはいえ、祖母の記憶が鮮明なうちに家系図くらいは作っておきたいと思っていたのであります。

上が実際に祖母に書いてもらった家系図です。いや、93歳でこれだけクリアに書き出せるのは脅威なんですが、登場人物が多い上に、家々の相関関係が謎すぎてですね。それでいて、こちらが解き明かそうと思って聞き出すと要領を得なかったり昔話が始まったりするものだから、話の腰がポキポキ折れる。どうしたもんかな、と思っていたんですが…そんなある日、たまたま、とある動画を目にしたんです。
戸籍取得に革命!本籍地じゃなくても戸籍が取れる
YouTubeチャンネルのPIVOTの動画で、先祖の探し方が革命的にラクになったよ!というものでした。
これまで、戸籍というのは基本的に「戸主の本籍地」でないと取れなかった。なので、家系図を作ろうと先祖を遡っていくと、「この人はここが本籍地だたから、ここの役所でしか取れない」といった具合に、一つ一つ各地の役所に問い合わせて請求していくしかなく、めちゃくちゃ大変な作業でしたと。
それがなんと、2024年3月から、直系の戸籍なら全国どこでも取れるようになった!例えば、私の母は沖永良部島の和泊町、父は新潟県の糸魚川市の出身ですが、和泊町にいながらにして糸魚川市にある父の戸籍も取れる。極論を言えば、縁もゆかりもないところに旅行に行って、そこでポンと取ることも可能になったというわけです。実際のところ、日数もかかるので、居住地で取るのが一番ラクですが。
家系図って、もともと一朝一夕でつくれるものではないというイメージだった中で、昔のことはよく覚えている祖母に聞き出せばなんとか…と思っていたが、前述の理由で面倒だと思っていたところ、少なくともこの制度を使って戸籍を取るだけなら、数日でできるかも!いっちょやってみっか!と、役場へ。
いざ役場へ!かかった日数は2週間、さかのぼれすぎて2万円

結果から言うと、2週間くらいで戸籍を取得することができました。ただ、都市部に住んでいるある知人はその日に取れたという話も聞きましたが、具体的な枚数は聞いていません。役場の担当者の手が空いているとか、その作業についてノウハウが溜まっているとか、意外と戸籍の数が少なかったとか、いろいろと要素が絡んでくるかと思います。私の場合は担当者の方のお休みも重なっていたということもあるし、「急いでない」と伝えたので、2週間ほどだったのですが、役場によってまちまちではないかな。
そのあたりの役場対応の属人性は、前述の動画でも触れられていました。もしかすると断られるケースがあるかもしれませんが、できないはずはないので、そこは物腰柔らかに粘りましょう。

なお、私の場合、担当者の方が、戸籍を取りながら家系図のメモも取ってくれたので、これがのちのち自分で家系図をつくるときに非常に助かりました。ありがとうございます!ただ、これは担当者の方のご厚意だと思いますので、出てきたらラッキー&そしてお礼を伝えるくらいに考えておきましょう。
そして、大事なこと。結構お金がかかります。いや、先祖の情報を得るために高いと感じるか安いと感じるか金銭感覚はさまざまかと思いますが、2万円弱かかりました。もちろん、戸籍ひとつなら大した金額ではありませんが、明治に入って始まった制度なので、遡れるだけ遡ると数に予想がつきません。私の場合、母方がけっこう遡れてしまったのでそこで膨らんだのですが、もしかすると、島は結婚や出産が早く世代交代のスパンが短いからではないかと思いました。これについてはまた後述します。
ちなみに、後日、祖母にダメ元でカンパを期待しながら「戸籍取るのに2万円かかったわ~」と話したところ、「そんなんできるんや~」と至極平熱な対応だったので、こちらの意図は伝わらなかったようです。まあ、記事のネタにもなったし、実際に得るものは得たので(最後に書きます)、いいんですけどね。
取得した戸籍は驚愕の92枚!先祖・最年長は200年前の生まれ
そうして2週間後に手に入れた戸籍は、なんと総枚数92枚!

戸籍の数自体は25個だったので、だいたいひとつにつき3~4枚ということになります。すごい量。そして、その戸籍に載っている人の中で最も昔に生まれた人はなんと1832年(天保3年)生まれでした。中村米常さん、あんたが大将!なお、この方、私のひいひいひいおじいちゃんです。やばばば~!いや、やばじじ~!?それにしても、196年前に生まれた自分のご先祖様の姓名が分かるだけでも衝撃的です。
結果として、本土である父方の糸魚川より、母方の沖永良部島の方がかなり遡れました。勝手なイメージで「島の方が、そんなに残っていないのでは?」と思っていたのですが、全くの逆でした。疑ってごめんよ、島。ただ、これだけ戸数が取れたことは、同じ国頭という集落内での結婚が多く、結婚や出産などライフステージのサイクルが短かったからでないかと推測しています。糸魚川市の方が陸続きで、「塩の道」として知られる千国街道で色んな地域とつながっている分、出会う人が多く、そのサイクルが長くなるのでは…これは完全に想像ですけどね。でも、移動・居住範囲が広がると戸籍が浅くなり、移動・居住範囲が狭まると戸籍が深くなるというのは、都市部での晩婚化の延長線上で考えられる話なので、あながち間違ってもいないと思うんですよね。いつか調べてみたいなと思った次第です。
ちなみに、広域交付制度は「直系ならどこの役場でも戸籍が取れる」という素晴らしい制度ですが、私の場合、母の家系は和泊町にまとまっていたし、父の家系は糸魚川にまとまっていたので、最初から2カ所でカバーできたということになります。とはいえ、辿ってみて初めて分かることなんですけどね。その懸念が最初からなくなるという意味では、戸籍を取ろうという動機につながるありがたい制度です。
膨大な戸籍をスキャンしてNotebookLMにぶち込む
さて、92枚の戸籍が手に入りましたが、ここからがまた問題です。これをゼロから書き起こして家系図を作るのは……甚だ面倒です。自分や親、祖父母といった近いところから書いていき、戸籍を辿って追加していく作業を想像するだけで気が遠くなります。
そこで、いよいよAIの出番です。むしろこれが今回、一番やってみたかったこととも言えます。今回のお相手は、資料を読むならまかせとけ!でお馴染み(お馴染み?)の、NotebookLM氏です。

取得した戸籍は紙の束なので、まずはデータ化する必要があります。自宅のスキャナーを使って一枚ずつスキャンしていきました(周りがガチャガチャしているのはスルーしてください)。偽造防止のためか、スキャンするとデータ上では戸籍に「複写」という透かしが入りますが、肝心の文字自体は全然読めるので気にせずガンガン続けていきます。
すべてスキャンし終わったら、それをNotebookLMにアップロード。容量的にも全く問題なく、すんなりと読み込んでくれました。
AIで、完全な家系図は程遠いが、家系図の元ネタはすぐできた。
このまま「家系図作って」で一発ポンと作れるとよいのですが、さすがにそう上手い話がありません。試しに作らせてみたものの、そこは結構破綻していたので、2026年4月時点のAIではしんどそうです。その上で、何度かやりとりしていると、こうして家系図の元ネタができました!読み込み後、20分くらいでできたと記憶しています。

こんな感じで、階層をつくって出してくれました。言わずもがな、戸籍に書かれた文字は当時の担当者の手書きです。文字が上手い人もいれば、ちょっと読みづらいクセのある文字もあります。そのため、私の目で見ても「さすがにこれはAIの方が間違えてるな」という名前も結構ありました。
ただ、 たとえ名前の漢字が間違っていても、人物の同一性が保たれていれば家系図を作る分には問題ない。「この人の子どもは誰か」「親は誰か」という関係性の構造さえ間違っていなければ、名前の漢字自体は後から目で見て直せばいいだけですからね。このベースの作業が何より大変なので、感覚的には、AIで家系図の作業の7割はできたんじゃないかと思っています。
こうして階層ごとに名前を羅列した情報さえ出せれば、あとはそれを家系図に起こしていって、そのタイミングで戸籍と照らし合わせて名前を修正していきます。なお、家系図作成で定番アプリの「すいすい家系図」さんを使用しました。

こうして、ひとまず直系の家系図はひと通り作成できました。すいすい家系図さんは3~4人の登録ごとに広告を見ないといけないので、むしろそっちで時間が取られるのですが、いずれにせよできました。
現在は、名前や関係性に本当に間違いがないかの確認と、親よりも上の世代のきょうだいの書き起こしにトライ中です。これがあれば、他の人が見たときに「曽祖父がいる!」みたいな感じで、「親戚(はろじ)発見ツール」になると思います。
結論:AIで家系図作りはラクに!何より戸籍には「ドラマ」がある
何もない0の状態から家系図を作るのは本当に大変ですが、AIが作ってくれた元ネタをベースにして、ゆるく全体像を描けるのは本当にデカい。それを見ながら実際の戸籍と照らし合わせてチェックしていくことで、最低限の家系図を完成させることができました。ちょうど近々、妹夫婦や両親が島に来るので、もう少し完成度を高めて披露したいと思います。親戚筋に配れば喜ばれるのではないか。たぶん。
ちなみに、戸籍を取って、こうしてまだ家系図を作る前に、祖父方の親戚が島に来まして。私のまたいとこにあたる方が、ちょうど家系図を作っているということで、忍ばせておいた戸籍を見せると喜んでもらえました。すいすい家系図を更新しながら、「私たち(二世)はこういうこと(戸籍や家系図)が気になる世代なんでしょうね~」と会話。二世三世と世代が下れば、本人の体験としてあまりルーツを知らないわけなので、自然と調べたくなるというのは、私の中でひっそり社会現象だと思っています。
イメージの話で語って恐縮なんですが、アメリカの人々は先祖のルーツを把握していると思うんですよね。たぶん、映画とかでそういう場面をよく見たんだと思うんですが。それはやっぱり、移民がつくった、ある意味で人工国家だからじゃないかなと。ルーツと違う場所に住むと、(セーフティネットを構築するためにも)ルーツを意識しようという力学が働く。それが、1950~60年の高度経済成長を背景とした集団就職から、半世紀以上が経つ日本で、ゆるやかに起こっているんじゃないかなと。
そして。家系図を作って気づいたことは、戸籍にはドラマが詰まっているということです。
まったく違う話に聞こえるかもしれませんが、私は昔からそこにある「でかい石」を見るのが好きなんです。「いわれ」がなくても、そこに昔から鎮座している石なら、語られてこなかったわけがない。とはいえ、石は見た目的に取っ掛かりは少ないので(地質などの専門的知識があればいろいろ捗るだろうけど)、それに比べて戸籍や家系図は、姓名だけじゃないですから、いろいろなドラマが詰まっています。

どうでもいいですが、私のSNSのカバー画像も今は小豆島の巨石(と私)です。
例えば、父方の家系も、母方の家系も、本家筋は男子の名前に共通の漢字を使っていました。書いてしまうと、父方は「惣」の字を使ってきたのですが、「惣兵衛」「惣五郎」「惣太郎」とその時代の男子の名前を如実に反映していて、かつ時代劇でもよく聞くような名前なのが、とてもおもしろかったです。ちなみに、祖父は分家なので、惣の字は引き継いではいません。惣、かっこいいけどね。名前関連で言うと、五代以上前になると、親子で同じ名前だったり、叔父と甥っ子が同じ名前だったり、そういう発見もおもしろかったです。家系図を作るときに、混乱する種ではあるんですけどね。日本にもそういう慣例があったという事実が、勉強になります。
また、ある戸籍では、戸主が最年長の女性になっており、男性が一人もいない戸籍がありました。その事情はわかりませんが、肉体労働の多い農業主体の時代に女性だけの家庭で過ごすというのは、飯を食うという死活問題に直結するとても大変なことだったはずです。そこに強烈なドラマを感じました。
他にも、あるご先祖様は婿養子に入ったのですが、その奥さんが亡くなり、後妻をもらって子ども(私の父方の祖母)が生まれています。つまり、元々の血縁は一度途切れているんです。娘を亡くして残された婿養子のために新しい妻を迎えるというのは、病気で人が亡くなりやすかった時代とはいえ、家を存続させようという強い意識があったのでしょう。かつて、うちの父が話した「(幼い頃に行った)母方の実家はすごい金持ちだった」というエピソードとリンクして、非常におもしろかったです。そういえば、父方の祖母はシャンとした感じで、昭和の映画に出てくる婦人のような気品というか振る舞いを感じました。あれはやっぱり、お金持ちの家で育ったからなのかな~と。
…と、個々のケースを取り上げましたが、そもそも、100人を超える、いやもしかしたら300人超のご先祖様の姓名が分かるというのは、それだけで鮮烈な体験でした。「ご先祖様」と一括りにして考えてしまうところですが、「名前」の存在感はすごいです。当然ながら過去はかつての現代であり、また未来でもありました。その当時、さまざまな人達が生き抜いたというのは、見過ごしがちだけど、見過ごしてはいけないなと思いました。その点では、全員が戸籍を取ったらいいんじゃないかくらいに思ってます。すでに紹介したPIVOTの動画でも触れられていますが、戸籍もいずれは古い順に破棄されていくのでね。
ちなみに、沖永良部島の「家」については、生き字引である祖母がいるので、祖母の記憶と照らし合わせると非常におもしろいです。祖父には、祖母の知らない兄(早くに亡くなった)がいたとか、そもそも祖母も知らない曽祖父・高祖父の名前を教えて驚かれるとか、93歳にはいい刺激になってると思います。家系図を起こし切ったら戸籍を渡そうと思うんですが、それだけで祖母は数ヶ月退屈しないかも。

写真は、自分が携わった、島内のしまむに継承活動をまとめた冊子を読み込む祖母。「いいものを作った」としきりに褒められるのですが、これを渡して2か月が経つ今も同じ会話しかしてこないので、さすがに不安になってきました。なので、そろそろ違うネタを渡したい。
今、6月に東京へ行った先で沖永良部島にルーツがある人たちとつながり、「みんなで戸籍取って家系図作って、島ではろじ(親戚)探そう!」みたいなことができたら面白いなと思っています。皆さんも、AIの力を借りて自分のルーツを探る旅に出てみてはいかがでしょうか!それではではではこのへんで~。