出家、と聞くとものすごくハードルが高いイメージがありませんか?しかし仏教国のタイでは当たり前のこと。身内が亡くなったり、そうでなくともなにか節目に…。そんな中、ある日本人の友人がタイで出家、そして還俗(僧侶をやめて俗世に戻ること)したというので、その修行ぶりについて尋ねてみました。なかなかに…壮絶、過酷!
ライター:ネルソン水嶋 公開日:2019/12/12
出家、と聞くとものすごくハードルが高いイメージがありませんか?しかし仏教国のタイでは当たり前のこと。身内が亡くなったり、そうでなくともなにか節目に…。そんな中、ある日本人の友人がタイで出家、そして還俗(僧侶をやめて俗世に戻ること)したというので、その修行ぶりについて尋ねてみました。なかなかに…壮絶、過酷!
ライター:ネルソン水嶋 公開日:2019/12/12
本記事は、2017年2月23日に「ネタりか」(運営元:ヤフー株式会社)で公開された記事を転載したものです。 サービス終了に伴い、許可を得た上で、べとまるにて公開いたします。
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タイ飯は!
うまいなぁ~!!
というわけで、こんにちは! ライターのネルソン水嶋です。
今、タイに来ています。
仏教国のタイでは、街中の至るところでお坊さんを見かけることができ、俗人(僧侶ではない人)の方がお経を唱えてもらっている光景もまたよく見かけます。
そんな、我々日本人にとって謎めいた存在であるタイのお坊さんを、半年前に密着取材しました。
▼LINEやYouTuberは当たり前!? タイのお坊さんに密着したらキャラがスゴかった
https://vietmaru.com/2019/12/thai-monk-youtuber
前述の記事では、こちらのお坊さん・ミラクルさんに密着。LINEを駆使したりYouTuberまでこなしたり、かなりユニークな方でした。そしてその際に通訳をしてくれたのが、写真右の青年・高塚くん。彼が今回の記事の主役です。
この取材の1カ月後、彼はなんとー!
出家しました。
このたび、パンサー期間(約3カ月間の修行期間)を終えたということで、会ってその顛末を聞かせてもらうことに。出家した理由、壮絶な修行の内容、出家前後での変化、いろいろと教えてもらいました。
還俗(僧侶をやめて俗人に戻る)から2カ月、ちょっと髪が伸びた高塚くん。
目次
私「日本人の私の感覚だと、出家する理由って『実家がお寺だから』とか『壮絶な出来事があったから』なんて考えがちだけど、タイだとそのあたりってどうなってるの?」
高塚くん「仏教社会のタイでは『前世で徳を積めば来世で幸せになれる』という考え方が根付いていて、人を助けるとか、命を大切にするとか、いろんな徳の積み方があるんですけど、その中でも出家は大きな機会なんです。(剃髪して出家のためのお経を唱える)出家式では基本的に家族に手伝ってもらうのですが、それで彼らもまた徳を積める。僕は家族が日本にいるので、友達家族にお願いしましたが」
私「表現が適切じゃないかもしれないけど、来世のためのポイント制度みたい」
出家式の前。剃髪する様子
タイでは出家することが一人前の成人の証とされており、高塚くんの周りの男友達も8割ほどが出家経験あり。ただ、日本で僧侶は職業と捉えられる一方、タイは出家=修行であり、なんと法律によって出家のための休暇が2週間まで定められているのだとか。そのまま退職して僧侶を続ける人もいるらしい。
出家式の様子。パーリ語(仏教の聖典で使われる言葉)のお経を流暢に40分間読経できなければ出家が認められないため、2週間でお経を暗記して、読めるようになるまで練習したんだとか。一応断っておきますが、彼は日本生まれ日本育ちの日本人です。
出家式を手伝ってくれた友人とそのご家族。
私「留学していたとはいえ、外国人が出家するって珍しいことじゃない?」
高塚くん「そうですね、僕が出家したお寺でも外国人は初めてだったようです」
私「どうして出家しようと思ったの?」
高塚くん「それは、『タイでお世話になった人に恩返しをしたかった(徳を積んでもらいたかった)』、『タイで生きていく上で仏教への理解を深めたかった』、そして『タイの文化を心から尊敬していることを行動で示したかった』の3つですね」
私「立派の一言に尽きるわ……! でも、ご家族や日本の友人からはなんて?」
高塚くん「親からは『早く就職しーや』って言われました(笑)」
私「あはははは!(笑)」
高塚くん「日本の友人からは『何してんの?』『なんのため?』という感じです」
私「そりゃまぁ、日本人の『出家』のイメージからすると、当然そうもなるよねぇ」
森の中にあるお寺で、敷地面積はディズニーランドとシーを足したものより広いらしい。ほとんど森とはいえ、広すぎる。
1人1軒のグティ(僧房)。生活の拠点だが、修行のためゆっくりすることはできない。
出家の際、親に「就職しろ」とツッコまれたとのことですが、実はタイで働く上でも出家の経験は重要。前述の通り、出家を経験することで一人前の成人として見られる向きもあり、とくに俗人であることが当たり前の外国人が出家済みとあれば、タイ人とのやりとりもスムーズになることは間違いないだろう。
たとえば同じ職場に書道好きの外国人がいれば、自分が書道をしていなくても親近感を持つし、仕事のしやすさにつながる気もする。
私「修行って、まさか滝に打たれるとか火の上を歩くとかじゃないでしょ?」
高塚くん「違いますね! 基本的には僧侶としての生活を繰り返します」
私「その僧侶としての生活がまるで分からない……」
高塚くん「まず朝2時半に起きて……」
私「待って!? それ、朝じゃない!」
高塚くん「3時から本堂へ向かって、掃除をして、托鉢に使う鉄鉢を洗って……」
かなりの過密スケジュールだったので、シンプルに円グラフにまとめてみた。
結果、全然シンプルになりませんでした。以下、補足です。
●歩く修行……20メートルの往復を繰り返す
●托鉢……裸足で5kmほど歩き、信者の方から鉄鉢に食べ物(お供え物)をもらって読経する
●仕事……ペットボトルに水道水を詰めて信者の方に配る(お寺が農業大学と水道水を管理している)
●休日……もちろん存在しない
修行(瞑想)の様子。
「20メートルを往復しつづける修行」の様子。20メートルの両端にロウソクを立てている。
私「聞いてるだけで辛いけど、とくに辛かったことは?」
高塚くん「3時間半しか寝られない(不眠)、1日1食しか食べられない(空腹)、食べ物が入るにつれて重くなっていく托鉢を持って1日5km以上歩く(疲労)などですね……」
托鉢の様子。
私「食事も1日たったの1回かぁ」
高塚くん「托鉢の中身はいろいろありますが、米もおかずも汁物も甘味も同じ鉄鉢の中に入れて食べるんです」
私「わわわ」
高塚くん「食べ始めはまだきれいですが、最後の方はもう全部混ざってるからそれがなんなのか、味もよく分からないまま食べているって感じです」
私「1日1食が、それかー」
高塚くん「でもお腹が空いてるので、美味しいんですけどね」
食事風景。
私「睡眠が3時間半じゃ瞑想中に絶対寝ちゃうでしょ」
高塚くん「最初は眠かったんですが、我慢できました」
私「ほかの人も?」
高塚くん「同じ時期に入った子はたまにイビキかいてましたね。上の人と、『寝てただろ』と言われて『寝てないです』と答えてました」
私「学校か!」
このほかにも「それは辛い!」と思うことがたくさんあったので箇条書き。
●殺生厳禁なので蚊に噛まれても蟻に噛まれても追い払うだけで殺してはダメ
●起こしてもらえないので、自分で起きられないと托鉢に行けず食事抜きになる
●病気などで寝込むと托鉢に行けず、食事抜きでさらに寝込むループに陥る
●重病の場合は住職さんに相談した上で少量の食事と薬を飲める
●お寺は森の中にあるのでサソリもコブラもいる(一度サソリに刺されて腫れた)
●日本食が食べたくて食べたくてしょうがなかった
森で出会った水牛。
コブラ。
しれっとサソリも出るので油断大敵!
「凶暴なサルがいたので捕まえて森の奥に帰した」とのこと。お坊さんですよね? ハンターとかじゃなくて。
私「すごくいまさらだけどさ、こんな辛い修行をする目的って何?」
高塚くん「住職さんが説法で話していたことですが、『すべての欲から解放される』のが目的です。みんなそうなれば争いは起こらない。形あるものには終わりがあり、人もいつかは自然に還る、それを知っていれば穏やかな死を迎えられる。さすがに5カ月間で僕はその境地までには至らなかったですけど……。ただ、実際に出家してみて、こういった日々を送っているからこそお坊さんは尊敬されて、彼らの言葉の重みが増すんだなと思いました」
私「納得! しかし、お坊さんは全員そんな修行をされているとはすごいのね……」
高塚くん「でも、『森のお寺』と『街のお寺』では全然違ってきますよ」
私「なにそれ?」
高塚くん「僕が出家した場所は森のお寺で、都市部から数十km以上離れて自然が多いといった規定があって、修行のためのお寺なんです。一方で街のお寺はバンコク市内のお寺などを指し、そちらは葬式などの儀式でお経を唱えることが中心なんですよ」
私「修行する人は森のお寺へ行くってこと?」
高塚くん「それも、地元の寺だったり家族親戚の紹介次第だったりするので一概には言えないですが、僕は修行に集中したかったので、狙って森のお寺で出家しました」
奇しくも出家中にタイ国王が崩御し、2カ月間に渡り国王の死を悼む読経が続いた。プミポン国王の在位70年は世界一で、タイ国民から絶大の信頼を寄せられていた。
王族が御幸(日本では天皇の外出を意味する)したときの様子。左端の方の半身(はんみ)の状態は、王族に敬意を示す接し方。そんな中でも、僧侶の方が高い位置に座っている点が興味深い。
高塚くんは5カ月間の出家の中で、2週間ほどバンコクの街のお寺にも滞在したそうで、「睡眠時間はふつうに8時間」「瞑想は1時間半どころかたった10分」「食事は1日2回」など、その違いにかなりのギャップを感じたとのこと。森のお寺で修行をしていると街のお寺に言えば「すごいなー」と言われ、街のお寺に行くと森のお寺に言えば「あそこは修行にならないよー」と言われたらしい。おもしろいな、タイ仏教界のヒエラルキー!
私「街のお寺だとめちゃくちゃ時間余るやん、お坊さんみんな何してんの?」
高塚くん「自撮りした写真をFacebookとかにアップしてますよ」
私「SNS好きの女子じゃねーか!」
バンコクのお寺の様子。やはり内観は豪華な印象だ。
仏教の筆記試験。合格率はタイ人でも50%だったが、高塚くんは合格。なんなんだ君は。
私「で、そんな辛い修行を5カ月間?」
高塚くん「はい、本当はパンサー期間(約3カ月の修行期間)を終えればいつでも還俗していいのですが、それから2カ月、合計5カ月出家しました」
私「そのあとで、何か変化は感じた?」
高塚くん「何よりも、感情の起伏をコントロールできるようになって、落ち着いて物事を考えられるようになったと思います。瞑想では自分の呼吸を意識するのですが、そんな自分を外から別の視点で見えるようになって、その感覚は普段の生活でも得られることが多いです」
私「今、俺、話してるなーとか?」
高塚くん「はい、そんな感じです。今でもたまに瞑想して心を落ち着かせます」
私「サプリメントみたいだな……。周りの変化はどう?」
高塚くん「タイ人からの反応がまったく変わりました。話していても『出家した』と言うと態度が180度変わって、『外国人なのに(一般的な)タイ人よりも長く出家してすごいね』『本当にタイが好きなんだね、ありがとう』と言われます」
私「まさに行動で示してるもんな……そうならなければおかしいよ」
高塚くん「あと、体重が6,7kgほど落ちたのでダイエットにはオススメです」
私「いや、その精神力があれば修行しなくても痩せるわ」
お世話になった住職さんへ還俗の読経と感謝の意を表す。
還俗前日にお寺の周辺を散歩。映画のワンシーンのよう。
私「また出家したいと思う?」
高塚くん「次があるとすれば、50歳か60歳ですね」
私「それはどうして?」
高塚くん「社会に対して一定の貢献を果たしてから、その節目にと考えています。お坊さんにならなくても、生活の中でも徳は積めるので、そのあとでもいいと」
私「生活の中でも徳は積めるか……。いいね」
高塚くん「住職さんが説法の中でいつも言っていたことで、『人に見返りを求めずに自分がもの(物理的な物に限らない)を与えることが大切、いずれ与えたものより大きなものが返ってくるから』と。最近は社会でも同じなのかなと思ってます」
私「そうだねぇ、なんでも根本は同じだと私も思う」
そのほか、書き切れなかったことを箇条書きで紹介します。
●親の死などで1日だけ出家するケースもある
●国王の崩御に捧げる目的で100日間の出家をした人もいる
●雨に濡れた階段で足を滑らせると住職さんから「意識が足りない」と言われた(行動すべてに常に意識を巡らせていれば何事も失敗しないとのこと)
●国王が崩御した際に僧侶だったことをタイ人の人から「運がよかったね」と言われた(時代の節目だからという意味で、やはり出家は特別な見方らしい)
さて、いかがでしたでしょうか?
タイ仏教の修行(出家)を体験した日本人はなかなか珍しいです。もしかしたらとても貴重なインタビューだったのかもしれません。
話を聞いてみて、タイの成人男性のほとんどが出家を経験しているのは意外な事実でした。もしタイへ遊びに行って現地の友達ができたら、「出家した?」と聞いてみると興味深い話が飛び出すかもしれませんね。
これから高塚くんは数カ月ほど日本に戻ったあと、本格的にタイでの生活をはじめるそうです。
高塚くん、お気に入りの1枚。
今回、高塚くんの話を聞いたことで、もしかしたら私もいくらか徳を積めたかな?
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編集:ノオト