有機農業を通して、ベトナムと日本をつなぐ、NICO NICO YASAI(ニコニコ野菜)代表の塩川さんへのインタビュー。私と、同じ歳で、同じ関西出身で、同じ一軒家に暮らし、ベトナムを共有した友人の一人です。ただいま、クラウドファンディング挑戦中だそうです。
ライター:ネルソン水嶋 公開日:2025/02/28
有機農業を通して、ベトナムと日本をつなぐ、NICO NICO YASAI(ニコニコ野菜)代表の塩川さんへのインタビュー。私と、同じ歳で、同じ関西出身で、同じ一軒家に暮らし、ベトナムを共有した友人の一人です。ただいま、クラウドファンディング挑戦中だそうです。
ライター:ネルソン水嶋 公開日:2025/02/28
農業っていいですよね!
「農」という漢字は上に「曲」という字がありますが、昔の労働歌(労働するときに歌う曲)が由来だそうです嘘です。
えーと。軽くネットで検索してみると、農業の農という字は、「石や貝製の農具で林を耕していたことに由来」だそうです…え、ほんと?図らずとも勉強になったわ…ほ、ほんまでっか??
目次
はい、なんだか久々の更新です。あんまりにも懐かしくて、ベトナム時代に更新していた頃の書き出しをやってしまいました。
嘘って、意外とすらすら出てきますね!…この発言、正直者の詐欺師っぽいのでもうやめときます。
「ベトナム時代」と書いた通り、というより最近(といっても最後の更新は1年半以上前で、自分のお仕事紹介だけど)の記事を見た通り、もはやベトナムには暮らしていません。奄美群島の沖永良部島(おきのえらぶじま)という島に暮らしてから、あと半年もしないうちに丸5年が過ぎようとしています。
海がきれいな場所です。私のルーツがあり(母親の出身地)、そういう「えらぶ(母)と島外者(父)のハーフ」である私を、島では「えらぶ二世」と呼びます。アイデンティティの位置付けが日系のそれで非常におもろい。
まぁ、それはそれとして、なんとか時間をつくってべとまるを再開しようと考えていた今日この頃、懐かしい友人から「自分が今取り組んでいるクラウドファンディングについて記事を書いてほしい」という連絡をもらいまして。誰かというと、NICO NICO YASAI(ニコニコ野菜)の塩川さんです。
2014年に書いた記事「ニコニコヤサイの塩川さんが野菜と話しているところを見てしまった」より
…なんて、名前と写真を出したところで、そもそもこれを書いている私(ネルソン水嶋)が誰やねん!レベルの久々更新なので、改めて説明!塩川さんは、べとまるにもよく登場してもらっていた友人、です。
同じ歳で、同じ関西出身で、シェアハウスをしていた時期もあり、仲良かったと思います(と言うときっと「そんなことない」と否定してくる感じのノリの男です)。「ベトナムで有機農業を広める」というミッションのもと、中部の高原の町・バンメトートを拠点に有機農業を営んでいる人物なのです。そんな彼(厳密には彼のお兄さん)から誘われて、バンメトートを訪問したこともありました。
この三部作、かれこれ12年以上前に書いた記事ですが、どれもちゃんと面白かったです。
きっとプロになれるよ!プロになりましたよ!プロになった環境を言い訳にしてべとまる更新しなくなったんだよ!…って、いや、俺の話をしている場合じゃないわ。塩川さんについてだ。
そんな彼は今、ベトナムと日本(地元の淡路島)との往復生活を送っていて、NICO NICO YASAIのミッションも、「ベトナムで有機農業を広める」から「有機農業を通してベトナムと日本をつなぐ」に進化しているとのこと。そんな背景がある中、彼は今、バンメトートにファームステイ(農泊)ができる教育&交流施設「EANA(エアナ)」をつくるというクラウドファンディングに取り組んでいる真っ只中です。
というわけで、およそ7年ぶりの塩川さんとの会話をそのままインタビュー記事として公開します。
前置き長すぎて、もう誰も読んでなかったらどうしよ。知ったこっちゃねぇ!だって俺のブログだから!でも塩川さん、それだったらまことにXin loi(シンロイ=ごめんちゃい)~!!
塩:久しぶり~、ネルソンさん、歳取ったなぁ。人相悪くなってへんか?
ネ:やかましいわ、やかましいよ。
髪のハネを気にする塩川さん。
ハネる髪がなくなったネルソン。
そんな心温まる雑談から入りつつ、インタビューです。なお、最初からけっこうマニアックな話題なので、読みにくかったら次の見出しの「ベトナムの有機農業~」から読んでもらうのがおすすめ。
ネ:インタビューを頼まれつつも、色々分からんところがあるから、まずは「自然農業」について聞かせて。俺も島に住んでると、有機農業という言葉はよく聞くねん。だから「価値あるものなんだ」とは感じてはいるけど、プロジェクトの発起人でもある塩川さん自身の言葉で聞きたいなと思って。
塩:そうやなぁ。基本的な考え方としては、その土地にいる微生物を増やして農業に有効活用するっていうもので。
ネ:うんうん
塩:植物と微生物は共生関係にあって、その土地で長く適応している地場の微生物を利用するのが一番いいという考えがあるねん。例えば、アメリカだったらこの菌が、ベトナムだったらこの菌がいいというように、同じ植物でも菌(微生物)が違うとうまく育たないこともある。そうして、菌を液肥として植物に散布して、うまく力を引き出すことで、元気に育てるっていうやり方がある。
ネ:島でも有機農業をやっているという人が、魚の内臓を使って液肥をつくっているの見たことあるわ。
塩:それで暮らしていけるだけの、生産性のある農業を目指そうというのが自然農業。農業は、つまり、野菜の可食部を長くたくさん穫るということでしょう。
ネ:可食部を長くたくさん…食べるものについては、それはそうだね。
塩:だから、たとえば、植物も人間と同じように、赤ちゃんの時期があって、成長期があって、子どもをつくって、老化していく。子どもをつくる時期に必要な栄養を与えてより多く実らせて、老化を遅くして少しでも長く収穫できるようにする。そうやって、5房生えるトマトが7~8房になれば、収益も上がる。そこで、化学肥料や農薬に頼らないで、自然から抽出したもので植物が持つ力を引き出しましょうというのが自然農業になる。
ネ:ははぁ、なるほど。自然…と聞くと、自然のままにというか、極端に言えば成り行きに任せるイメージがあったけど、思った以上にロジカルなのね。その成長を促進させる方法が自然由来、という感じか。
ネ:クラウドファンディングをやる、しかもこうして「記事書いて」なんて今までなかったし、軽い決断ではないと思う。そこに至るまで、NICO NICO YASAIも変化があったのかなと。そのへん聞かせて。
塩:そうね。NICO NICO YASAIでは以前、有機農業を広めるという目的のもとで、消費者の人が安全でおいしいものを食べられて、子どもなんかが元気に育つならええという枠の中で、(ベトナムの農家に有機農業を指導する上で)やり方の細かい部分はそれぞれの農家で決めてもらってた。
ネ:うんうん、有機農業のルールとしてはわりあい緩やかだったと。
塩:それが、時代の変化で、大手資本の参入も含めてベトナムにも有機農業のプレイヤーが増える中で、プロフェッショナルを目指さないと生き残れないと考えるようになってきた。
ネ:それは、驚きやね。10年前は、塩川さんもNICO NICO YASAIも、ベトナムの消費者にどう有機農業(有機野菜)の価値を感じてもらうかということに取り組んでいたという認識だった。実際にそうだったろうけど、ベトナムでその価値観が広まった結果、NICO NICO YASAIの立ち位置を考える時期に来たのか。
塩:そう。だから、みんなのモデルになるようなパイオニアとして、「この方法なら農家でもやっていける」というスタイルを提案できないとダメだと思うようになっていた。そんな時期に、「自然農業」という方法と、それで実際に、栄養価が高くて、売上的にも成功しているやり方を教えてもらって、NICO NICO YASAIとしても実践していこうという気になったわけ。
ネ:そうか。大手資本が入ったところで、市場は拡大するかもしれないけど、農家を増やすというところにはつながらないもんね。
ネ:そんなベトナムにおける社会とNICO NICO YASAIの変化がある上で、今回どうしてファームステイをやろうと思ったの?
塩:考えるきっかけが2つあって、ひとつはコロナ禍。ベトナムでは都市部で働いていた子たちがバンメトートなどの田舎に帰って、田舎暮らしが増えた。
ネ:日本でも同じような動きはありそうだけど、ベトナムもそうだったのか。まぁ、そりゃ、そうか。
塩:そんな田舎暮らしを送る中で、お金をどれだけ稼ぐかではなく、人間の暮らしとはどういうものなのか、考える若い子が増えていったと思う。NICO NICO YASAIが、そうした子たちの受け皿になりたいと思い、農業がちゃんと学べる場所をつくろうと思った。
ネ:それは、創業当初からの「ベトナムで有機農業を広める」というミッションにも適うよね。
塩:あとは、ベトナムではこれまで、(法的に)外国人が農場に泊まることができなかった。だから、日本から来た人が現地で農業を学びに来ても、宿泊先はホテルで、食べるものもレストランで用意されたもの。そうではなく、さっき話したようなベトナムの子たちも滞在しているのであれば、そこはファームに宿泊して、農場で採れたものを食べて、ベトナムの子たちと交流もできる方がいい。それは、農場にお金を落としてもらうことにもつながるし、農場も無理なく受け入れられるという理由もある。
ネ:でも、外国人は農場に泊まれない問題はどうクリアするの?
塩:それが去年、OKになった。コロナ禍を終えて、暮らす場所を都市から田舎に変える人が増えたことを背景に、ホームステイやファームステイが流行ったんよ。その実態に合わせて、人民委員会(ベトナム政府)が法的にも整備しようという流れがあった。
ネ:はぁー、ある意味では、コロナ禍後の社会現象が法律を整えたのね…おもしろいわ。
ネ:SNSを通して動きはたまに見てたけど、今はベトナムだけでなく、淡路島とベトナムの二拠点だよね。そうしたライフスタイルで、心境に変化はある?
塩:そうね。ベトナムにいるときは、有機農業をベトナムに広めたいというのが目的だったけど、往復する生活になった今は、ベトナムと日本の有機をつなぐというテーマに変わってきた。20年近くベトナムとつながりがあるので、それができれば一番いい、今では夢に変わってきている。その中でファームステイは拠点としてもいいなと思っている。日本の有機農家さんがベトナムに行って、お互いのやり方を共有して、交流拠点としての役割も果たせたらいいなと。
ネ:そうか。あと、ちょっと思ったのは、今回のインタビュー依頼も含めて、塩川さんがクラウドファンディングをやるのはちょっと意外だったわ。関わっている方の多さや幅広さを見て、あぁ、NICO NICO YASAIだけの取り組みではないんだなと納得したけどね。
塩:どっちかというと、クラファンについて苦手意識があったのは正直なところ。ただ、お金を集める側面もあるけど、自分が知らない人にもプロジェクトを知ってもらって、ファームステイに来てもらえるという効果があるのかなと思って、肯定的に捉えることができるようになった。41歳になって、後進を育てる段階にも入っているし、自分が死んだらその後どうなってしまうか分からん面もある。ファームステイを通して関わる人が増えて、その中から後を引き継いでくれる人が出てきてくれたらなと思っている。
ネ:うん、それはすごく真っ当な流れだと思う。お金は、関わりしろをつくる側面もあるよね。
塩:うん。ちょうど有機農業を通したベトナムと日本の交流で、地球環境基金という団体から助成を受けているんだけど、その中でファンドレイジング(非営利組織などの資金調達の手段)についての講習を受けて、お金を募るのもひとつの市民参加なんだなと思うようになっていった。
ネ:…俺も今NPOで仕事していて、めちゃくちゃファンドレイジングという言葉が飛び交っているから、塩川さんからその言葉が出てきてびっくり(笑)。お互い、ベトナムでぜんぜん違うことをやっていたけど、回り回ってちょっと分野が近づいてきていると思うと勝手に感慨深いわ。さて、これ、最後の質問で、このクラウドファンディング、どんな方に支援してほしいという考えがあれば聞かせてほしい。
塩:どんな方でも支援していただけることがまずありがたいという前提で、EANAにつくる交流スペースには支援者の方の名前が分かるものを置こうと思ってます。リターンには、名前を入れた看板を立てるというのもある。「べとまる」とか(笑)。だから、支援してくれた方は、この場所をつくるのに関わったオーナーだと思ってくれるとうれしいです。その中から、ベトナムと日本の交流において、自分が思いもつかないようなアイデアを提示してくれる人もいるかもしれない。自分は視野の狭い人間だと思っているので、いろんな角度から関わってくれる人がいればおもしろいかなと思っています。あと、今、ベトナム人に限らないけど、(技能実習生や特定技能として)日本の農業をベトナム人が支えてくれているという現状がある。ベトナムでは、日本は憧れの場所と言ってくれる人が多い。だから、日本も、ベトナムと仲良くせなあかんと思う中で、ベトナムや農業と関わりがあれば、ファームステイEANAを訪ねられる場所の一つとしてつくるので、支援してください。
以上、塩川さんへのインタビューでした。
久々のお互いの近況報告という感じで、楽しい時間を過ごせました。あえてこの表現をすると、人生の半分をベトナムの有機農業に捧げている塩川さん。私もベトナム時代に、一人旅も含めて何度か遊びに行ったバンメトート。ちょうど、沖永良部島も農業の島で、自分自身もルーツのあるこの島に、ベトナム人の技能実習生が多く働くと知ったことが、ここに移り住むようになったきっかけ。そう考えると、塩川さんのプロジェクトは他人事ではないし、島の農家さんたちと一緒にEANAを訪ねたいと強く思いました。
ベトナムを離れながらも、心の一部を今も置き続けている(よくもわるくも)私のような人間にとっては、今回連絡をくれたのはとてもありがたいことでした。ベトナムとの関係が終わらない気がする。
きっと、私のような想いを抱えている人は、少なくないと思います。塩川さんを直接知っている方はもちろん、NICO NICO YASAIを知っている、なんなら野菜を食べたことがあるという方は、ぜひこの機会に、ファームステイ「EANA」を通じて、ベトナムとのご縁をまた深めてみるのもいいんじゃないでしょうか(そうでなくても!)。蝶の羽ばたきがいつか竜巻を起こす、バタフライエフェクトという言葉がありますが、そんな風に、小さいながらもこの支援は、今後の未来を変え得るものだと私は感じています。
ベトナム時代、塩川さんには本当に世話になりました。私が今もこうしてベトナムについて考え、そして文章という形で表現できているのは、それだけ思い出深い人との出会いがあったからだと思いますが、彼も間違いなくそのうちの一人です。ありがとうございました。Xin cam on nhieu。しったい、みへでぃろどー。